如意山亮朝院
亮朝院について
【亮朝院の概要】

如意山亮朝院由来
享保2年正月と文化元年9月改版の当山縁起によると、正保4年(1647年)に開基日暉上人は、身延山久遠寺二十七世日境上人から七面山尊像と一木に躰同作の七面大明神の尊像を授けられ、これを江戸牛込に伝え草庵を結んで布教を始めました。これが当山の創立になります。
江戸城大奥老女能勢近江局を通じて三代将軍家光以来代々将軍家の武運長久祈願所となり、明暦3年荒藺山の地(現位置より南1キロメートル)に七面堂が建立されました。
その後寛文11年(1671年)現在の地に幕府から替地をうけて移転しました。
正式には如意山亮朝院栄亮寺と称します。
江戸名所図絵には高田七面堂として掲載され、一般には赤門寺と呼ばれて、七面信仰の江戸進出の嚆矢です。
開創から現在に至るまでおよそ350年。その間震災、火災をうけず、太平洋戦争の戦火も免れて、七面大明神尊像はじめ朝日祖師尊像等貴重な御仏像を格護し、都内に少い本堂・七面堂の江戸時代木造建築を存し、また古文書等多数も伝えられています。
如意山亮朝院
【亮朝院の施設】

鐘楼門 重層入母屋袴腰 昭和54年建立

赤門 昭和10年再建と拾万部題目塔 宝暦8年造

鐘楼門山号額 日蓮宗管長、池上本門寺貫主金子日威大僧正染筆

龍神像 七面堂扁額

釈迦牟尼仏尊像合掌印 享保9年2月開眼

石造金剛力士像一対 新宿区文化財 宝永2年造

七面堂 享保3年建立 天保5年瓦葺、昭和2年修復 単層入母屋造

右・葵紋付七面大明神尊造、中央・本堂棟札、左・鬼子母神尊造

本堂内陣 宝塔と釈迦・多宝如来及び日蓮聖人尊像

七面大明神尊像

梵鐘 元禄15年6月19日銘

朝日祖師日蓮聖人立像 建長5年4月立教を象る

日蓮聖人真筆曼荼羅 弘安5年11月28日

本堂 嘉永3年建立 昭和2年修復 単層寄棟造
アクセス

東京都新宿区西早稲田3-16-24
03-3203-3669



◆JR山手線・西武新宿線・東京メトロ東西線
「高田馬場」駅から徒歩15分
◆都電荒川線
面影橋停留所から徒歩2分
如意山亮朝院マップ